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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)12246号 判決

原告 国

代理人 大道友彦 外四名

被告 松本博

主文

一、被告は原告に対し、金九七、二〇〇円およびこれに対する昭和三九年六月二〇日より支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

一、被告が訴外会社に雇傭されていたが、昭和三四年六月二五日解雇されて失業し、原告が昭和三四年一〇月一二日から昭和三五年四月一九日までの間に被告に対し、失業保険金九七、二〇〇円を支給したことは、当事者間に争いがない。

二、返還請求権の発生と消滅時効について

(一)  被告が、訴外会社を被申請人として、東京地方裁判所に解雇無効を理由として地位保全の仮処分を申請し、昭和三五年一〇月二一日被告勝訴の判決があつたこと、被告に対する失業保険金が解雇を無効とする判決を返還の条件として支給されたことは、当事者間に争いない。

右の事実によれば、被告の受けた失業保険金の返還の条件が成就し、原告は、同日から被告に対し、その返還請求権を行使できるような外観を呈する。

しかしながら、仮処分の判決は、その性質上暫定的仮定的なものであるのみならず、被告本人尋問の結果によれば、訴外会社、は右判決に対して控訴を申立て、右事件は、東京高等裁判所に係属したことが認められるのである。したがつて、被告が訴外会社の従業員であることを仮に定める旨の第一審の仮処分判決があつても、被告の失業状態が遡つて解消したことになるわけでもないし、また被告が先に受給した失業保険金が過誤払であつたという状態が確定するわけではないから、これによつては、原告の被告に対する失業保険金返還請求権は発生しない。原告が昭和三六年六月二二日被告に対し、右勝訴判決を理由として失業保険金の返還請求をしたことは、当事者間に争いがないが、前記のとおり返還請求権はまだ発生していないのであるから、この請求は無効と解する外なく、これによつて消滅時効が進行する理由ともならない。

(二)  昭和三八年一一月二九日訴外会社と被告の所属する労働組合との間に、(イ)訴外会社が被告の解雇を撤回し、(ロ)被告に対し解雇時からの賃金を遡及して支払う旨の和解が成立し、その結果被告が原職に復帰し、解雇時からの賃金の遡及支払を受けたことは、当時間に争いない。

失業保険法は、失業した労働者に失業保険金を支給して、その生活の安定を図ることを目的とするもので、失業とは、被保険者が離職して、労働の意思及び能力を有するにかかわらず、職業に就くことができない状態にあることをいう。労働者が解雇されて離職する場合は、かりにその解雇が無効であつたにしても、使用者が労働者の就労を拒否している限り、失業保険法にいう失業の状態にあるのであるから、その間の失業保険金の受給は、不当利得とはならない。しかし、使用者が後に解雇の意思表示を撤回して、解雇時からの賃金を遡及して、しかも確定的に支払うときは、就労できなかつたという事実の現状回復は性質上不能であつても、賃金を得られないという意味における失業状態は、遡つて解消したと同視すべき状態となる。このような場合に労働者が先に受給した失業保険金をそのまま保有できるとすることは、労働者に不当に利益を与えることになつて著しく公平を害する。したがつて不当利得の規定を適用して、失業保険金受給者は、国に対し受給した失業保険金全額を返還する義務を負うものと解するのが相当である。

以上により、原告は、昭和三八年一一月二九日被告に対して失業保険金の返還請求権を取得し、納入告知によつて返還を請求できる状態となつたのであるから、同日から消滅時効が進行する。ところで、失業保険法第四七条第一項は、保険給付の返還を受ける権利は二年の消滅時効期間に服する旨を定めており、右規定にいう失業保険給付の返還を受ける権利のうちには、本件のような失業保険金を不当利得として返還を求める権利も含むものと解されるから、本件返還請求権の消滅時効期間は二年である。原告は、消滅時効期間は、会計法の一般規定により五年であると主張し、失業保険法第四七条第一項の保険給付の還付を受ける権利とは、同法第二三条の二の規定によつて不正の行為による失業保険金の受給者に還付請求する権利のみを指すというところにその論拠をおくようである。しかし不正受領者に対する返還請求権も実質は不当利得返還請求権に外ならないから、これと本件の返還請求権とを消滅時効の期間において区別する根拠はない。

三、再抗弁について

(証拠省略)を総合すれば、原告が昭和三九年五月三〇日被告に対し、本件失業保険金九七、二〇〇円を同年六月一九日納期として返納すべき旨の納入告知書を発送したことが認められるから、特段の事情のない限り、右納入告知書は、同年六月上旬被告に到達したものと推定される。右認定に反する被告本人尋問の結果は採用しない。

これによれば、本件返還請求権の消滅時効は、同年六月上旬中断し、納期たる同月一九日から更に進行を始めたわけであるが、原告が昭和四一年五月一七日到達の書面で被告に対して右失業保険金の返還を催告したことは、当事者間に争いがなく、同年九月八日本件訴が提起されたから、本件返還請求権は消滅していない。

四、よつて被告は原告に対し、不当利得金九七、二〇〇円及びこれに対する納期の翌日である昭和三九年六月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による遅延利息を支払う義務がある。原告の請求を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岩村弘雄)

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